魔法の鉛筆

 小2の娘をいつものように放課後の学童クラブまで迎えに行ったある日のこと。娘は私の顔を見るや否や、今にも泣きだしそうな顔で駆け寄ってきて、こう訴えた。「4Bの鉛筆がなくなっちゃったの」

 

 4Bの鉛筆とは、昨年の暮れに学校からの指示で1本だけ購入した、なんの変哲もない昔からある、三菱のあの鉛筆。低学年の児童は正月の書き初めを、毛筆ではなく4Bの鉛筆で書かせるということだったからだ。書き初めの授業は疾うに終わっていたが、せっかく買ったものだしと、そのまま使わせていた。

 親にとってはその程度の理由で娘の筆箱に入れさせたままに過ぎなかったが、娘にとってはこれが「魔法の鉛筆」だったらしい。筆圧の弱い娘には使い心地がとても良かったらしく、「テストの時にだけ、特別に、使ってたの」と言う。なんちゅう貧乏くさい使い方だと、思わず苦笑してしまったが、もちろん口には出さない。

 「誰か他の子が自分のものと間違えて持っていっちゃったんだろうけど、名前も書いてあったし、そのうち見つかるんじゃない?先生には言ったの?」と娘に聞いたところ、「名前は(かすれて)消えちゃってた。先生にも言って探してもらったけど、見つからなかった」と答える。すでに目には涙が溢れている。

 そんなたかが鉛筆1本で大騒ぎしなさんな、と思ったが、子供にとっては、なんてこともないものが宝物になるんだなあと甘酸っぱい気持ちになり、「じゃあ今日はいつもよりもまだ時間も早いし、帰りに文具屋さんに寄っていこうか」と提案。

 現金なもので、娘の顔がパッと明るくなる。予期せぬ解決策により安心したのと、学校帰りに寄り道というのは小学生にとっては特別だからなのだろう。災い転じてなんとやら。 

 

 文具屋で娘は「今度は2本買ってね!またなくなっちゃうかもしれないから!」と力説する。はいはい、2本でも3本でも買いますよ、でもなるべくなくさないようにね、と言いながら会計を済ませる。夕刻で2人とも小腹が空いていた事もあり、肉屋のコロッケの匂いの誘惑にも負けてしまったが、まあこんなのもたまにはいいかと思いながら、娘と一緒に商店街を歩きながら家路についた。
  

 面倒なので、4Bの鉛筆を、今度は2本まとめて筆箱に入れさせたら、どうやら「魔法」は解けたらしい。明らかに扱いがぞんざいになった。やっぱりなんでも「たったひとつのもの」が特別なのね。